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考え・気づき

なるほど!学業よりもスポーツが褒められる本当の理由

「どうしてスポーツできる人のほうが褒められるの?」

「学業はあんまり褒められないのって、不思議!」

この記事は、そんな方に向いています。

『レトリックと詭弁』を最近読みはじめました。
みんなすばるです。

みなさん、「なぜスポーツでの成功は大きく称えられるのに、勉強はそこまでなのだろう?」と思ったことはありませんか?

運動のあまりできない東大生(トホホ)として、これはかなり気になります。

そうしたらなんと、『レトリックと詭弁』のまえがきに本質っぽい理由が書いてあるじゃないですか!

 

スポーツ選手のほうが褒められる、本当の理由

『レトリックと詭弁』いわく、

「われわれがスポーツを学業よりも重視しているからではなく、その逆だからです。人間は、自分のプライドが傷つかないものにのみ、心からの賛辞を贈ることができる」

から。

確かにそうかも。

「自分もやればできる」と思っていることを他人が成し遂げても、なかなか素直に褒められません。ぼくはむしろ嫉妬してしまいます。

たとえば、

同級生A
同級生A
俺、ノーベル賞を取ったんだ

と言われたら、

ぼく
ぼく
えっ、すご!(自分では絶対できない!)

となるでしょう。

他方、

同級生A
同級生A
俺、この前のテストで80点だったわ

みたいなことを言われても、そんなに難しくないテストだったら、

ぼく
ぼく
へぇ〜。(別にやれば自分でもできるし……)

と素直に褒められないわけです。

Photo by Aphiwat chuangchoem from Pexels

 

要するに「プライドが傷つかないかどうか」

おそらく多くの人は、

君、運動音痴だね

と言われるよりも、

君、頭悪いね

と言われる方が不愉快でしょう。

この点を、『レトリックと詭弁』ではこのように言われています。

(・・・)甲子園に出たくらいで、将来野球で身を立てられるという保証は何もないし、それができる者はほんの一握りで、しかもその活躍は人生の僅かな期間に限られています。われわれはそれがよくわかっているからこそ、彼らの成功を、自尊心を傷つけられることなく賛美できるのです。(8)

太字は引用者、『レトリックと詭弁』(著:香西秀信)より

 

おわりに

そんなわけで、「勉強よりも運動ならプライドが傷つかないからこそ、スポーツを褒めることができる」という説にかなり説得力を感じました。

皆さんはどう思いますか??

ぜひご意見をお聞かせください!

以上、みんなすばるでした。

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ABOUT ME
みんな すばる
東京大学で社会学を学んでいます。 「中学生のぼくに、読ませたかったブログ」というコンセプトのもと、「社会学×ゲイ×東大生」目線でいろいろ書きます。 詳しくは → プロフィール

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