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ゲイ・LGBT

ゲイ東大生が、淫夢ネタについてまじめに考えてみた。② 〜「ホモは嘘つき・せっかち・博識?」編〜

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※『「淫夢ネタ」絶対見たくない!』というひとは、この記事を読まないほうが良いかもしれません。

はじめに

いんむねた」で変換すると「イン宗田」になりがち。いや誰?

みんなすばるです。

さて、本記事は「ゲイ東大生が、淫夢ネタについてまじめに考えてみた。」シリーズ第二弾。

このシリーズの最終目的は、

淫夢ネタの面白い部分を保存しつつ、

となりにいるゲイの友人を傷つけない「淫夢ネタ」の作法を考えること
にある。

このシリーズを読み通したあなたは最後、「淫夢作法マスター」になっているはずである。

手始めに、最初の記事では以下のことを紹介した。

  • 淫夢ネタについての基礎的な知識
  • ゲイの中でも淫夢ネタ否定派・肯定派がいること
  • 今回からは、1つの記事につき、「ゲイを傷つける淫夢ネタ/無害な淫夢ネタ」を1つ取り上げて、解説する。

    (これは初回の予告とは違うので、シリーズが終わったら全体的に書き直す予定だ)

    今回取り上げるのは、「ホモは〇〇」系の淫夢ネタだ。

    「ホモは〇〇」系の淫夢ネタはゲイを傷つけるのか? 考察する。

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    ■「ホモは〇〇」系

    概要


    「ホモは〇〇」の〇〇にはいろいろな語が入る。

    メジャーなものだと、「ホモはせっかち」・「ホモは嘘つき」・「ホモは博識」だ。

    たとえば、次のように使われる。

    見ればわかるように、ゲイに敵意をもった言い方はしていない。

    (ただし「ゲイであることは望ましくない」という調子ではある。しかしこれは、個人の自由だとここではしておこう)

    だから、別に問題がないね、ちゃんちゃん。

    ……しかしそうは問屋がおろさない。

    なにが問題か?

    ではいったい、「ホモは〇〇」のなにが問題なのだろう?

    周知の通り、「ホモ」は差別的な響きが強い。

    でも、「ゲイはせっかち」「ゲイは嘘つき」「ゲイは博識」にすればよいわけではない

    問題なのは、


    「ホモ/ゲイ」という属性ひとつに、関連のない偏見を(面白おかしく)与えていること
    だ。

    「でも『ホモは博識』はホモのことを褒めてるから、差別じゃないじゃん」と考える人は、甘い。

    与えられた偏見の中身がポジティブ(例:博識)だろうとネガティブ(例:嘘つき)だろうと、それはひとつの偏見になる。

    しかし、どうして「偏見」が嫌だとゲイの人(少なくともぼく)は感じるのだろうか。

    「ホモは〇〇」の精神分析

    日常生活であなたは、「ヘテロセクシュアル(異性愛者)は博識」とか「ヘテロセクシュアルはせっかち」と言うだろうか?

    言うはずがない。

    なぜなら、ヘテロセクシュアルであることと、博識であることは関係がないからだ。

    それはゲイでも同じことだ。

    せっかちなゲイの人もいれば、せっかちじゃないゲイもいる。

    嘘つきのゲイの人もいれば、嘘つきではないゲイもいる。

    博識なゲイもいれば、そうでもないゲイもいる。

    それなのに、わざわざ「ホモは嘘つき/博識等」と言うのは、


    「ヘテロセクシュアルであること」は取り上げるに値しないが、

    「ホモ/ゲイであること」は取り上げるに値する ≒「特別だ/異常だ」と根底で思っているからだ。

    つまり、「ホモ/ゲイ」という属性を「変に特別扱い」しているのだ。

    しかし大半のゲイの人は、そこまで特別視してほしいとは思っていない

    なにせ、異性愛者との違いは、高々好きになる性の違いだからだ。
     

    ゲイとしては「ああ、君は男が好きになるのか」とフラットに認識して接してくれれば、文句はない。


    ※ただし、ゲイであることを「認識」はしてほしいので、「彼女はいるの?」と聞いてほしいわけではない。あくまで「異なるけれど平等」だ。  

    だから、「ゲイである」という点ばかりをピックアップするやり口に、ゲイは違和感を抱くわけである。

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    ■結論

    そういうわけで、たしかに「ホモは〇〇」系の淫夢ネタはゲイの人の前でやれば失礼に当たる

    やるなら相当な信頼関係を築いておくべきだ。

    しかしまあ、あれも禁止これも禁止、とやるのは忍びないことではある。

    こういう偏見をもった淫夢ネタをどう扱えばよいのかは 、
    このシリーズの最後の記事で、「淫夢ネタの作法」として提案する。

    というわけで、以上。みんなすばるでした。favico

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