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マウンティング癖から抜け出す方法 〜「戦いの世界観」と自己肯定感2.0 〜

『デザインの教室』でデザインのお勉強中。みんなすばるです。

さて、みなさんは「マウンティング」をご存知でしょうか。

マウンティングとは、

多くの哺乳類の雄が交尾のときにとる、ほかのものに馬乗りになる行動。サルでは個体間の優位性を誇示するためにも行う。背乗り。

マウンティングとは – コトバンクより

転じて、じぶんが相手よりも優位であることを誇示する言動全般のこと。

たとえば、

ちょっと彼氏の写真見せてよ!
はあ。(写真を見せる)
あー、こういう系ね(笑)。俺の彼氏のほうがかわいいかも(笑)

みたいなやり取りですね。

露骨なタイプもあれば、さりげなーいタイプもあります。

いずれにしろ、「俺のほうがお前よりすげーから」というメッセージはすべてのマウンティングにおいて共通しています。

そこで今回は、

  • マウンティングの原因は、「世界観」にある
  • 「戦いの世界観」の原因は、「自己肯定感1.0」にある
  • マウンティング癖の行く末は、「コンビニ店員にキレる系の客」
  • マウンティング癖から抜け出す方法は、「自己肯定感2.0」

をまとめてみました。

Photo by Porapak Apichodilok from Pexels

マウンティングの原因は、「世界観」にある

つい最近、(マウンティング癖のある)友人と話しているうちに、ひとつの共通見解にたどり着きました。

それは、

マウンティングしちゃう系の人たちは、「戦いの世界観」で生きている

ということ。

「マウンティング癖」のある人は日常生活のすみずみに「戦うポイント」を見出すわけなのです。

たとえば、

お前こんなことも知らねえのかよ〜(笑)

と冗談っぽく言われただけなのに、

は? 言っとくけどそんなどうでも良い知識、ググれば出るから(笑)

とキレたりムカついたりする人がいます。

この場合は、知性に戦うポイントを見出しているわけです。

(かくいうぼくも、こういうタイプでした)

この「戦うポイントで勝たないと、自己の存在価値が保てない」という強迫観念は、そのまま「この世の中は戦いだ」的な世界観につながっています。

Photo by Clem Onojeghuo on Unsplash

「戦いの世界観」の原因は、「自己肯定感1.0」にある

辞書的には、

自己肯定感とは、

「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態。

自己肯定感とは – はてなキーワード – はてなダイアリーより

などと言われるわけですが、この自己肯定感1.0こそ「戦いの世界観」を生む原因になっているのです。

なぜなら、

  • 「じぶんは大切な存在=優秀な存在だと証明しなくちゃいけない」
  • 「じぶんはかけがえのない存在=取り替えの利かない優位な立場にある存在じゃないといけない」

という強迫観念を育ててしまうから。

マウンティング癖の行く末は、「コンビニ店員にキレる系の客」

この「戦いの世界観」から生まれるマウンティング癖が無害ならいいのですが、マウンティング癖の行く末は実にわかりやすいです。

彼らは結局、「こいつに勝てる」と思う相手にしかマウンティングしないわけです。

そうすると、マウンティングのはけ口はおのずと絞られてきます。

だから、

  • コンビニ店員にキレる系の客
  • クレームを入れて、責任者を屈服させにかかる系の客
  • 重箱の隅をつつくクソリプを送ってくる系の奴

といった人たちになってしまうわけです。

無論、「マウンティング癖も個人のライフスタイルだよね〜」と認めてもよいのですが、マウンティング癖はないほうが当人も含めて幸せだと思うのです。

(コンビニ店員にキレることに、積極的な美徳を感じる人はいないでしょう)

マウンティング癖から抜け出す方法は、「自己肯定感2.0」

マウンティング癖は抜け出したほうがよいと、ぼくは思っています。

ではどうするべきなのか。

今までの議論を振り返ってみましょう。

マウンティング癖の原因→「戦いの世界観」

「戦いの世界観」の原因→「自己肯定感1.0」

したがってぼくたちは、根本的な原因である「自己肯定感1.0」をアップデートする必要があるかもしれません。

つまり、自己肯定感2.0です。

それで、自己肯定感2.0の定義を考えてみると、

自己肯定感2.0とは、

自分は大切な存在ではないかもしれない
自分はとりかえの利く存在かもしれない

とは思うが、

それでも自分は存在していて良いのだ

という感覚。

これが真の自己肯定感なのではないでしょうか?

別にぼくたちは、優秀な存在、とりかえの利く存在であるかもしれません。

しかし、それでも、すべての人間は生きている価値があるし、存在していても良い。

この根本的な安心感こそ、ほんとうなのではないでしょうか。

そしてこの根本的な安心感が得られれば、「マウンティング」という「自己肯定感1.0への戦い」は必要なくなるはずなのです。

したがって、

根本的に、能力や属性に関わらずすべての人間は生きている価値があるし、存在していても良い、と思うこと。

これが、マウンティング癖から抜け出す第一歩なのではないでしょうか。

 

おわりに

こうやって偉そうに言うぼくも、昔はマウンティングマンでした。

でも上のようなことに気づいてみると、マウンティングしても仕方ないのかもな〜と思って今に至ります。

もしマウンティングしたくないのにしてしまう方がいたら、参考になれば嬉しいです。

以上、みんなすばるでした。

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みんな すばる
刹那的に生きられないゲイ東大生。東京大学で社会学を勉強中。 詳しくは→ プロフィールへ