随筆的な、考え的な。

バイトも大学の授業もリモート化した結果の「キャパ過大幻想」

元気にリモートしてますか? 僕はしてます。

さて、新型コロナウイルスの影響で日常のいろいろな部分がリモート化した。たとえばウェブメディアのバイトは全部家で済ませられるようになったし、大学の授業は全部ZOOMで行った(なんなら、ZOOMを使わずに掲示板だけのものもあった)。

その結果、いわば「無駄」か「あそび」だった時間は減った。たとえば移動時間、たとえば「次の用事まで中途半端に空いてしまったから道でボケーッとする時間」、たとえば人とたまたまおしゃべりに興じる時間。

そうすると、僕は今まで「無駄」だった時間を活用できるようになるわけだ。

その結果、人生でいちばん「キャパ」が大きくなった感じがする。たとえばランニングをしたり、大学の授業に出たり、課題をやったり、タイBLドラマを観たり、タイ語の勉強をしたり。それでもそこそこに時間の余裕がある(だったらなんでブログを更新してなかったのか)

でも、この「キャパ」って幻想なんだよな。

新型コロナウイルスが収まったら、あるいは社会人になったら、ふたたび「無駄・あそび時間」が増える。すると、今までやっていたことができなくなるに違いない。

今はドーピング状態にすぎなくて、コロナ禍が過ぎ去ればきっとこの幻想もたちまち消える。それまでのボーナスステージに、僕は何をしておくべきなのだろう?

などと考えておりましたのでした。

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