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こういう本棚、家にもほしい(地震がきたらやばそうだけど)


中高時代に電車を寝過ごした回数は、39回。水納すばるです。




さて、ぼくは東大で社会学を嗜む。そして勉強をしているうちに気づいたことがある。




社会学、面白くね?




ゲイ(というかLGBT・セクシュアル・マイノリティ全般)のひとに向いてね?、と。




これは社会学を紹介しないでおくのはもったいない。そう思った。




そんなわけで、大学に行ったらどんな学問をしよう、と迷っている(ゲイの)中高生のみなさん。




ゲイの中高生に社会学をおすすめする3つの理由」をご紹介します。



■社会学は、ゲイとしての葛藤をやわらげる力があるから。



「人間は異性を求め合い、こどもを作るものだ」と考える人は、時代の流れのおかげでだいぶ減ってきた。




でも、当事者のなかでこの考え方を捨てられないひともまだいたりする。それでじぶんと葛藤して、自己嫌悪したりする。




これは「内面化したホモフォビア(同性愛嫌悪)」とよばれる。そしてかなり根深い。




でも、社会学はそんな「内面化したホモフォビア」の原因に処方箋を出せる。




武器は、「構築主義」だ。




そもそも「構築主義」とは何か。それは、世界のひとつの見方だ。




ルールや常識に対しては、2つの立場が取れる。「本質主義」と「構築主義」の2つ。




「本質主義」は、たとえば「男とは、生物学的な性質として、いつでもどこでも力強くあるものだっ」という考え方をする。つまり「物事には本質がある」と考える立場。




他方、「構築主義」は「〈男〉だといわれるものの中身に、絶対的なものはなにもない」という考え方をする。




つまり、「ほんものの男」みたいなものは存在しない、と考える。〈男〉といわれるものも、結局は社会とか文化が作りあげているものだ、と。




これは実際、直感的にうなずける。




たとえば日本のジャニーズはアメリカでは「全く男らしくない、めっ!」となるだろう。
でも日本では、ジャニーズもじゅうぶん男性として見られる。




ゲイであることに関しては、だから、社会学に言わせれば、「ゲイである」ことは「男である」ということを損なわない。だって、「男らしいこと」の中に、「ストレートであること」が含まれないと考える道もあるのだから(もう一歩進めて、「男らしくいなきゃいけない」ことも否定する)。




そんなわけで、この「構築主義」の視点を中学生・高校生のうちから持っていれば、ゲイであることの葛藤はかなり和らぐはずだ。


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高校の放課後に、教卓に座って他愛ない話をしたものです




■社会学は、社会を変える力があるから。



優秀なスパイは自分が見たままに報告する。この報告を手がかりに何をすべきかを判断するのは他人である。社会学者も一種のスパイであるといってよい。彼の任務は、社会の地形とでもいうべきものをできる限り正確に報告することである。(19)

社会学への招待 (ちくま学芸文庫)
ピーター・L. バーガー
筑摩書房
2017-07-06


すべての社会学者は、潜在的には、名だたる圧政協力者であるとともに組織破壊者やぺてん師でもあるわけだ。(248)
『社会学への招待』 (ちくま学芸文庫) [文庫]より


知は力だ。とくに社会学的な知は。




社会学者はたしかにスパイだ。でも、スパイ自身がその情報をつかうこともできる。そうすると、社会学は使いようによっては、社会にあらたな可能性を提案できる。




たとえばジェンダーの社会学は、男らしさとか女らしさに絶対はないと暴露して、解体させる。

たとえば自殺の社会学は、自殺の社会的な原因を導き出すことで、解決策を示唆する。

たとえば教育の社会学は、受験競争の実態が家の収入の競い合いだと暴く。




同じように、社会学は「ゲイに偏見をもつ社会」に対して物申せる。異性愛主義の社会に対して、スパイとして潜入できるのだ。 現に今、時代は変化しているが、いずれも多かれ少なかれ「社会学的な視点」を内包している。




社会学のこの力を、ゲイのひとが使わない手はない。



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■社会学では、ゲイとしての視点が有利だから。



社会学の勉強をしていると、「ゲイでよかったー」と思うことが多い。




どうしてかというと、ゲイ=少数者の視点がかなり活きるから。




異性愛主義の社会では、ゲイのひとは「ノンケ(=ヘテロセクシュアル・シスジェンダー)の仮面」をかぶる。この「ノンケの仮面をかぶっている」という実感を、ノンケのひとは経験できない。




そうすると、〇〇は当たり前のことと「されているだけ」なんだ、と発見できる可能性が増える。なぜなら、日頃からその訓練を受けて生きてきているから




もうすこし抽象的なことばで言えば、こういうことだ。

(……)[行為者が自己の意識と役割演技との間の内的距離を確立した]事例は、社会学的パースペクティブにとってはもっとも重要なものである。次のような通常のパターンから外れているからである。そのパターンとは、(……)状況の期待に直接的・準自動的に応じる形で、役割が無反省に演じられるということである。ここにきてこの無意識のもやは突然吹き飛ばされるのだ。(222)
『社会学への招待』 (ちくま学芸文庫) [文庫]より


こんなふうに、ゲイであることが活かせる学問なのだ。




どうせなら、ゲイであることがすこし有利になる学問をやるのも面白い。 






■おわりに



高校時代、ぼくは「社会学的な視点」に救われた。




だからこそ思い入れがある。




今回はそんな思い入れとともに、社会学をおすすめしてみた。




なお、今回紹介した「社会学」は、おおむね「ジェンダー・セクシュアリティ研究」と置き換えられるので、もし興味があれば調べてみてほしい。




以上。水納すばるでした。